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氷菓 第12話『限りなく積まれた例のあれ』感想

「どうか、明日からの三日間・・・私たちに幸運がありますように」
「『あの山』を乗り越えられますように・・・」
文化祭の前夜、神社に御参りをするえる。
彼女は文化祭の成功を祈願しにやってきたようなのだが、何かただならぬ問題を抱えているような・・・そんなどこか切迫した表情で夜空を見つめるのだった。
えるが漏らした謎の単語『あの山』とは一体何なのか?

「いよいよですね」
「そうだな」
「がんばりましょう」
「ああ」
「頑張ってどうにかなるものなのか?」
文化祭の当日。
古典部にやって来た折木や摩耶花に熱い意気込みをぶつけるえる。
だが、古典部が文化祭で頑張るといっても何をがんばるというのか?
文集はすでに完成して、それを販売するだけのはずだが・・・。

「やっぱり私が買うわ」
「えっ?・・・あ、そんなつもりで言ったんじゃないんです」
えるの台詞に対し、今日はどことなく覇気がなかった摩耶花は何故か文集を自分で購入すると言い出す。
だが、なぜ摩耶花が購入する必要があるのか?

「もともとの予定は何部だった?」
「30部」
「届いたのは?」
「200部です」
これまでのえるの言動や摩耶花のおかしな態度の答えは山のように積みあがる古典部文集『氷菓』。
これは摩耶花の手違いにより、本来想定していた7倍もの冊数を製作してしまった結果。
そのせいで、古典部は現在到底売り切れないであろう文集の在庫を抱えてしまっており、そのやりように難儀しているのだった。

「本当にごめん。私が印刷所からのメールを確認しなかったばっかりに・・・」
自分の失態から古典部の全員に迷惑をかけてしまった事に責任を感じる摩耶花。
先程の文集を購入するという言葉もその責任感の強さから出たものであった。

「まぁ、俺も原稿を渡してそれっきりだったからな。古典部全員の責任だろう」
「はい、そう思います」
『ここまで来たら一蓮托生ですよ!!』(新機動戦記ガンダムW 最終回より)
だが、古典部のメンバーは摩耶花個人に責任を押し付けるつもりはなく全員の責任だと考えていた。
だからこそ、古典部はどうにかして文集を売りきり、摩耶花が感じている責任を取り除きたいのだ。

「千反田が売り場拡張の交渉で、里志が宣伝する」
「とりあえず、それで行きましょう」
「でも、折木さんは?」
「俺は・・・」
「はい」
「店番する」
古典部全員で知恵を出し合い相談した結果、それぞれが役割を分担し行動することになるのだが・・・折木の役割は店番。
える達が必死に頑張る中、座っているだけという簡単な役割をちゃっかりと手に入れた折木であった。

「ああ、でも他の部の売り場に古典部の文集を置かせてもらうって事ならこっちは感知しないよ」
「それはいい方法ですね、考えて見ます」
古典部のために必死に交渉をするえるだったが、やはりそう上手くは話は進まず古典部の売り場を広げることは出来なかった。
だが、その代わりに古典部の文集を他の

「おはようございます、部長」
「お金かかっちゃった?」
「ベルト代くらいです」
「そう、領収書あったら頂戴ね」
「いえ、大丈夫です」
「あっ、それより部長ここで・・・」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
責任を感じる摩耶花は自分の所属する漫研で古典部の文集を置く事を頼もうとしたようだが、何かためらいを感じたらしく口ごもってしまう。
それは古典部という外部の文集を置くという遠慮からか、漫研内部の人間関係からのものなのか?
どこか歯切れの悪い摩耶花の態度は意味がありそうである。

「何かあったのか?」
部室に残り店番をする折木は当然のように誰も客が来ない事に飽きたのか校舎の外を眺めていた。
そして、そこでアップルジュースが消えるという謎の事件を見かけるのだが、経緯が分からない折木はそれを少し気にとめた程度であった。

「き、君」
「はい、何か?」
「これ、ちょっと見せてくもらえないか?」
「これですか?」

「それ、うちのショーの優先券になってるから。それ持って被服室に来てくれれば最高のコーディネートさせてもらうよ」
「はぁ」
「行くとしたら里志くらいだ。いや、あいつにもあいつなりの拘りがあるか・・・」
「まっ、いらね」
道にでも迷ったのか、不意に古典部の部室を来客が訪れなんと文集を購入してくれるといううれしいハプニングが起きる。
そして、その来客は折木の持っていた万年筆をいたく気に入り、それをタダでゆずってもらう代わりに謎の優先券を置いてゆく。
この流れからすると文化祭が終わるころにはわらしべ長者にでもなっていそうなのだが・・・。



「ねぇ、あなた」
「はい?」
「写真とかどうかしら?」
どうにも文化祭という面白い非日常空間にあっては興味を引かれることばかりの千反田さん。
いろいろな企画に気をとられ、足止めを喰らっているのだった。
いや、個人的にはそのまま写真撮影を存分にお願いしたいのだが、物語上そうもいかないか。
「いけません、いけません」
「興味を引かれるたびに立ち止まっていたのではちっとも役割が果たせないじゃないですか」
えるは自分に課された使命を果たそうと気持ちを奮いたたせるのだが、やはり周囲の面白そうな企画への興味が抑えられない様子。

「ああ、前しか見えなくなるメガネがどこかに落ちていないものでしょうか」
今のところえるだけが文集を完売の糸口を掴んでいるのだが、それもまだなんとも形のない夢物語。
結局、未だに問題は暗礁に乗り上げたまま文化祭は無常にも進んでゆく。
残る時間はあと3日間。
その間に、本当に古典部は文集を完売する事が出来るのだろうか?
今回は、大きくみると問題の提起と純粋に文化祭の様子を描いているだけで終わったように思えた。
ただ、所々に伏線と思わしき演出も散見されもしかすると次回以降に何か関わってくるのかもしれない。
何にせよ、このままではただの青春群像劇に終ってしまう。
次回以降はきっと何か謎めいた事が起きるはず、と期待する。
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氷菓 第11.5話『持つべきものは』感想
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ある日、南米土産などを携えて不意に帰ってきた折木の姉『折木 供恵』。
彼女こそ前回の一件で入須に折木を紹介し、失意のどん底に突き落とした張本人である。
だが、久しぶりに帰ってきた供恵は悪びれた風なそぶりも見せず、静かに昼寝をして過ごそうとする折木に『座っているだけで5,000円になるバイト』と称してプールの監視員の仕事を
そうしてアルバイトをする羽目になった折木の前に、アルバイトに勤しむ折木という珍しい話を聞きつけた里志がえるや摩耶花も誘いプールに遊びに来る。
それまで無表情で黙々と座っていた折木は突然現れた里志や摩耶花の二人は一瞥するだけであったのに比べ、えるの水着姿はキッチリ上下に眺めつつもすぐに目をそらすのだった。
きっと脳内ハードディスクに焼き付けたらすぐに失礼のないように目をそらしたのだろう。
さすが、変態紳士としての節度ある行動、見習いたいものだ。>えー
その後もまじめに
その表情はどこか今までの折木とは違う、何か抜け殻のように無気力なものであった。
どうやら折木は前回の入須との一件で自分が特別な存在ではなかった事にやはり幾らか落胆しているらしく、その事を引きずり今まで以上に投げやりで無気力になってしまっているのだった。
いつもと違うそんな折木を心配し気遣うように声をかけるえるや摩耶花たち。
そんな友人の言葉に折木は徐々にいつもの折木らしさを取り戻してゆく。
そして、プールで起きたとある事件を推理する事で、折木は完全に自分のアイデンティティーに自身を取り戻した様子でいつものように面倒くさいと不満を口にするのだった。
入須との一件で唯一の特技であった『推理』を否定され、自信を喪失していた折木がえるの水着姿によって生きる気力を取り戻すという良い閑話休題であった。>えー
いや、ホント。
水着回じゃなければ落ち込む折れ木をやさしく励ますという、純粋に暖かい友人関係のええ話なんだよ。
ただ、そこに水着が絡んだせいでそっちにばかり目が行って・・・・。
折木もえるの胸の谷間を眺めて自然と元気になってしまった訳で・・・。>えー
で、今回もう一度推理という自分らしさを特別だと思ってくれる友人たちによって自信を取り戻した折木。
苦悩や葛藤を乗り越えた彼は今後どのような事件と向き合っていく事になるのか?
そして、折木よりも上手の供恵は事件に余計な首を突っ込んだりしてくるのだろうか?
次回以降に期待です。
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氷菓 第十一話『愚者のエンドロール』感想

「カメラマンが七人目ってのは面白かったし、登場人物が一斉にカメラ目線になるシーンも迫力があったわ」
「でも・・・、あれじゃどこにもザイルの出番がないじゃない」
「っ」
折木の案を採用し完成、文化祭で日の目を見ることになった2年F組の映画。
だが、その映画に対し古典部のメンバーの反応はあまり芳しくなかった。
その反応の悪さを疑問に思う折木に対し、麻耶花は映画の出来は悪くはなかったが例のザイルが出て来なかった事に違和感を覚えたのだという。
確かに、折木の案では脚本家の本郷が必要だと考えていたザイルの出番はなかった。
あれが犯人のトリックや、映画の中で使用されるという確証はないものの、本当にザイルをトリック以外に使う事があるだろうか?
自分の大きな失念に狼狽を隠せない折木。

「で、なんだ?」
「さっきのトリックだけど本郷先輩の案のつもりかい?それとも奉太郎の案かい?」
「本郷のだが」
「そうか・・・」
「奉太郎、あのトリックは本郷先輩の考えたトリックとは違う」
「僕に正解はわからないけど、あれじゃないとは言えるよ」
里志にも麻耶花と同様に映画自体の出来ではなく、その内容に違和感を持ったのだと告げられる折木。
その内容は、折木が考えだした犯人がカメラマンだという叙述トリック。
「Another」でも登場人物が二人居るように振舞われたり、生徒ばかりに注目をさせ教師がクラスの構成員であるという考えから目を逸らさせていた。


「いいかい奉太郎、叙述トリックはホームズの中には存在しない」
「っ・・・」
「叙述トリックはごく少数の例を除けばクリスティーの時代。つまり、二十世紀になってから出てきたんだ」
「僕は本郷先輩を知らない。けど、先輩がクリスティー並みだとはとても思えない」
ミステリーに疎い本郷が参考にしていたシャーロック・ホームズには叙述トリックはない。
つまり、本郷自身が叙述トリックという手法を自分で思いつきでもしない限り、あの映画の脚本はありえない。
だが、本郷というまったくの初心者が初めて書いた脚本でそのような斬新な手法を思いつくとは思えない。
折木はその事実に自分が出した結論は少なくとも本郷の考えていたトリックではなかった事を認めざるを得なくなる。

「話ってのはあの映画のことだろ」
「はい」
「気に入らなかったんだな」
「そういう訳じゃ」
「遠慮するな、伊原にも里志にも言われたんだ」
「アレは本郷の真意じゃないって・・・。俺も、そうじゃないかと思い始めてる」
「・・・私も、違うと思います」
学校の帰り道。
やはり、他の二人と同様に映画に違和感を覚えたというえる。
これで古典部のメンバー全員から否定をされた事になる折木は初めて味わう恥辱に困惑を隠し切れない。

「折木さん、今回の一件で私が気になっていたことが分かりますか?」
「映画がどういう結末に終わるのかだろ?その為にやってきた」
「いいえ、私本当は映画の結末はどんなでもかまわないと思っていました」
「だから、折木さんの案もとても良かったと思います」
「じゃあ、何が気になったんだ?」
「私、本郷さんという方が気になっているんです」
「今回の一件はどう考えてもオカシイと思いました」
「イリスさんは何故、本郷さんと親しい人。例えば江波さんにトリックがどんな物だったか聞いてもらわなかったのか」
「それが分からないんです」
えるがこれまで感じていた奇妙な事。
それは最初の試写会で視聴者も感じた疑問。
何故本郷自身にトリックを尋ねないのか?という疑問だった。
それが出来ない状態であるにしても、親しい江波ならば何かを聞いていたとしてもいいはずである。

「本郷さんは脚本の見通しを最後まで持ってたと思うんです。途中で倒れたとしても、聞くことは出来たと思うんです」
「それすら出来ないような容態なら親友と言っていた江波さんは、絶対にクラスの皆さんを許せないくらい怒ると思うんです」
本当に本郷が質問すらできないような重篤な状態であるなら、親友である江波はそこまで本郷を追い詰めたクラスメートに対して怒るはず。
だが、江波はそうしないという事は本郷はそれ程悪い状態ではないという事。
ならば、最初の疑問に帰り着く。
なぜ入須は本郷自身にトリックを尋ね、映画を完成させなかったのか?
そして、なぜ本郷は自分のトリックを誰にも伝えようとしなかったのか?

「本郷さんの考えた結末がアレなら、きっと自信を持って言えたと思うんです。それくらいよく出来ていました」
「そうじゃなかったから言えなかったんだと思うんです」
「だとしたら、本郷さんを追い詰めたのは一体何なのか?それが知りたかったんです」
「それにはきっと志半ばで筆を折った本郷さんの無念が・・・、『叫び』が隠されていると思うんです」
きっと、それはこの映画の結末が人に伝える事が出来ない何かがあったから。
そんな本郷が誰にも言えず、自分の中に核隠したままの『叫び』。
そんな関谷純の事件のようなそんな『叫び』が今回もまたそんな何かを残したままになるのではないか?
えるはそんな本郷の事ばかりをずっと気にしていたのだ。

「俺が映画の真相を見抜こうとしている間、千反田は本郷の事を考えていたのか」
「俺はどうだ?あの脚本をただの文章問題と見ていたんじゃないか?」
あの映画はただの映画の結末を考える問題などではなく、制作する本郷という人間の考えを想像して予測する為の問題だった筈だ。
本郷の事ばかり気にしていたえるに対し、これまで映画の結末ばかりに目をとらわれ木を見て森を見てこなかった折木は本郷の容態にすら気付かなかった。
折木はその事で自身の甘さを通関し悔いるのだった。

「俺は脚本家を引き受けた訳じゃない・・・」
「俺は見事に間違ったってわけだ。だが何を間違った?」
『オレにだって・・・・・・わからないことぐらい・・・ある・・・』
映画の結末は本郷の意図とは違い、今回の映画は完全な折木の創作となった。
その敗北感を噛み締める折木だが、何が間違いだったのかが未だに分かっていない様子。

「力は獰猛なライオンが優しい女性にコントロールされている絵に象徴される」
「里志のやつ、俺はアイツらにコントロールされてるわけじゃない。」
いつになく終わってしまった事に執着し、無駄とわかりながらも悩む折木。
気分転換に以前に里志が言っていたタロットの本を読み、自分が女性に上手くコントロールされているから「力」だと指摘されたのだと真意を知るのだった。

「入須先輩、お話があります」
後日。
事件の真相にたどり着いた折木は下校途中の入須を呼び止め、以前に行った店に誘う。

「先輩は前にこの店で俺には技術があると言いましたね」
「確かに」
「何の技術です?」
「ふっ、言わせたいのか?推理という・・・」
「違うでしょ、俺は探偵じゃなく推理作家だったんじゃないですか?」
以前に折木が入須に説得され、映画の結末を考える気になったやりとり。
そこにあった真意にたどり着いた折木は入須に今回の一件が最初から映画の結末を予想するのではなく、創作する目的だったのかと単刀直入に尋ねる。
そう、やはり入須の真意は本郷の脚本ではなく別のシナリオを求めていた。
だからこそ本郷に尋ねることをせず、クラスの人間や古典部を密かに利用して映画を制作しようとしていたのだ。

「本郷はトリックなんて眼中になかった。彼女はハッピーエンドを好み、悲劇・・・特に人が死ぬ話を嫌った」
「そう考えた時、いくつか納得できる事がありました」
「一つは血糊の少なさ、もう一つはアンケート結果のおかしさです」

「彼女の脚本では死者は出ないはずだった」
「さすがだな」
「ところがクラスメートがアドリブと暴走を繰り返した。本郷は撮影に不参加だったと聞いています」
「それに何より、脚本に海藤が死んだとは書かれていない」
「ですが、映像では・・・」
シャーロック・ホームズの本意挟まれていたメモからは本郷の考えていた脚本は殺人事件ではなかった事が推測された。
だが、実際に撮影された映像では本郷の考えていたよりも凄惨な現場となっており、『殺人事件』としか見えない状況に作られてしまった。


「本郷はクラスメートに脚本と違っているから撮り直せとは言えなかった」
「彼女は気弱で真面目だった」
「アンケート結果を無視したことを後ろめたく思っていたと思います」

「このままでは本郷が悪者になってしまう。だから貴方は本郷を病気にし、脚本を未完成にした」
「そして、クラスメートを集め推理大会を開いた」
「だが、実際はシナリオコンテストだった」
あまりにも脚本と違う映像から撮影をし直すように言うべき所だったが、本郷自身もアンケートに反して殺人が起きない脚本を書いていた後ろめたさからクラスメートに言い出せずに居た。
このままでは脚本が破綻し、撮影も出来ない。
そんな行き詰まっていた本郷を助けたのが入須。
本郷は極度のプレッシャーから倒れたのですらなく、入須に任せて自分から脚本を断念したのだ。
そして、破綻した本郷の代わりに脚本を完成させる人物が探された。
そこで登場するのが折木である。
折木は入須の期待に応え、映画の結末を見事に作り上げた。

「そして、俺の創作物は本郷の脚本に代わり彼女は傷つかずに済むという寸法です。違いますか?」
「さっきから違うとは言っていない」
「あなたは俺にこう言いましたね」
「能力のある人間の無自覚は能力のない人間には辛辣だと・・・」
「御冗談でしょ、あなたは能力のない人間の気持ちなんて気にしない」
「貴方が見ているのは結論だけだ、違いますか」
「それが何か?」
「では貴方が俺に技術があるといったのは、すべて本郷のためですか?」
「誰もが自分を自覚すべきだとい言ったあの言葉も嘘ですか?」
誰かに能力を認められ、期待され、自分にしかできない事をやろうと上手くのせられたものの一念発起した折木。
だが、それすらも入須の手のひらで都合よく動かすための甘言でしか無かったのか?


「心からの言葉ではない。それを嘘と呼ぶのは君の自由よ」
「それを聞いて安心しました」
折木を最初から利用するつもりであった入須はどうしても折木を動かす必要があった。
だからこそ、あの台詞で折木をその気にさせる必要があったのだ。
それ自体は折木の能力を認めているからこそ。
だが、その台詞は本心からのものではない。
想定していたであろう入須の言葉はやはり折木にとってはつらいものであった・・・。

その後、入須との話を終え店を後にする折木の心中は自らの未熟さと短慮の結果を深く噛み締めていた事だろう。
あと、今回の店の支払いをさせられた怒りとか。>えー

「本当にありがとうございました」
「私があんな脚本にしたから」
「もういい」
「お前の望む映画にならなかったかもしれないが」
「そんなことないです」
「わたしの望みは」
「みんなで、できたってばんざいすることでしたから」
入須とチャットで会話する本郷。
最初のエピソードの中であった通り、本郷の考えとは違った結果となった。
だが、完成した映画はそれ自体の出来としては素晴らしい物となった。
その結果に喜ぶ本郷。
その内容から、彼女は自分が書いた脚本を諦めざるをえなかった事を後悔しておらず、関谷のように何か叫びを残すような気配は感じられなかった。

「こんにちは」
「やほ~♪」
「うまくいったみたいね」
「先輩のおかげです」
「ただ、彼には」
「申し訳ないことをしたな、と」
さらにチャットで、折木の姉であろう人物と言葉を交わす入須。
その文面から入須もさすがに折木を利用した事に後ろめたさを感じているように思えるのだが・・・。

「脚本のコを守りたいから、あたしに手伝いを頼んだんじゃないでしょう?」
「そもそも脚本がつまらなかったのが問題だったんでしょう?」
「その娘を傷つけないようにウケない脚本を却下したかったんでしょう?」
「ま、あのバカはそれに気付かなかったみたいだけど」
「私はあのプロジェクトを失敗させるわけにはいかない立場でした」
他人を上手く利用する為に嘘を日常的に使う入須。
その真意を折木姉は見逃しておらず、今回の一件も単に困っていた本郷を助けようとしたのではないと見抜いていた。
そう、本郷の書いた脚本はシナリオとしても映像としてもイマイチの出来だった。
それをどうにかしようと考えた入須は本郷を助けるという名目で本郷の脚本を破棄したのだ。
そんな嘘を嘘で塗り固めた入須の事を折木姉はどう思うのか・・・。


「本郷さんの脚本がどんな物だったか、私気になります」
「折木さん、教えてください」
「・・・、想像でしかないが海藤が死んでないとしたら密室は解ける」
「犯人は鴻巣。侵入経路は窓」
結局、本郷の考えていたトリックは以前にも推理されたように二階からザイルを使い一階に侵入し、海藤刺傷。
死亡していないからこそ、密室を創りだしたのは負傷した海藤自身。
だが、詳細は本郷が考えていた脚本がわからない以上は謎のままである。

「ところで」
「はい」
「お前は今回の一件、なにか知っていたんじゃないのか?」
「えっ?何も知りませんでしたよ」
「どうしてですか?」
「お前は探偵役全員の案に納得していなかった」
「いつものお前らしくない」
「本郷への共感だけが理由なのか?」
すべての推理に対し、何故か違和感を覚え納得しなかったえる。
それは事件の真相について何かを知っていたからなのか?

「あっ、なるほどです」
「笑わないでくださいね」
「ああ」
「私と本郷さんは似ていたからなんです」
「何だか恥ずかしいですね」
「実は、私も人の亡くなるお話は嫌いなんです」
「お前らしいな」
偽りであったとしても、誰かが死ぬ。
そういう物語を好まない。
えるはあまりにも彼女らしい理由から、推理を否定していたのだ。
そんな彼女の天使の様な純粋な優しさに呆れながらも、ホッとする折木であった。
やはり、おおよそこれまで考えていた通りの結論となった解決編。
だが、そこには想像以上に屈折した入須という人物が居て、それに上手く利用された折木の屈辱の様子もかなりダークだった。
これまではただ普通の学園生活にある謎を解くだけのほのぼのとした作品だったが、これからはこうした登場人物の負の側面と人間的な成長も描かれていくのだろうか?
次回もどうなるのか、気になります。
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氷菓 第十話『万人の死角』感想

未完成のミステリー映画の結末について2年F組の有志3人らから話を聞いたものの、その全ての案について否定をしてしまい八方塞がりとしてしまった折木。
そんな折木を帰り道で待ち構えていた入須は茶に誘う。
彼女は今回の3人の案がどうだったか尋ね、折木はその却下に至った経緯を話す。
だが、最初からそうなるであろう事を予想していた入須は焦る様子も残念そうな表情も浮かべる事はなかった。
入須が古典部を試写会に呼んだ目的はやはりそもそもが折木を目的としており、折木によって結末を解いてもらう事が目的だったのだという。

そして、彼女が以前言っていた能力のないものがいくら努力しても無駄だという言葉を用い、折木には今回の一件を解決する能力があるのにそれを使わない事を責める。
入須のいつになく折木を高く評価し持て囃す言動に気をよくした折木は結局入須の頼みに負け今回の映画の結末を推理する事になる。

折木は映画の結末を推理するため何度も映像を見直す内に、ある事に気付く。
それは、カメラワークの稚拙さ。

登場人物と同じような目線で撮影されたその映像の違和感に気付いた折木は、その事を入須に告げこの事件の真犯人がカメラマンであるという案を提示する。

前回の有志の推理で舞台袖に近づく事すら出来ない状態だった犯人が誰にも気にされない7人目の存在だったからという唐突な案ではあるが、そうすれば全てが矛盾なく解決する。

入須は折木の案を手放しで賞賛し、その案で映画の撮影を進めて行くことになるのだった。

完成した映画は文化祭で上映され、その意外な結末に多くの賞賛の声が寄せられる。
だが、古典部のメンバーらはその結末にあまり好感を持てないのだった。

なぜなら、脚本を書いた本郷が用意させたザイルが使用されていなかったからだった。
さらに言えば、カメラワークについて前回の脚本では細かく言及されておらず、かつ撮影にも参加していない本郷があのカメラワークを指示したとは到底思えない。
よってカメラマンが犯人であるはずがない。
最初から正直に頼み込むような事をしなかった入須の言葉にのせられ、犯人を探す事に躍起になるあまり真実を見誤った折木。
恐らくは前回にも推理した通り、本郷の真意と違う方向に進んだ撮影のせいで破綻した脚本を書かせようとしたのであろう入須。
彼女の真相を隠し、折木を騙すような言動は他人を思い通りに利用しようとする悪意すら感じてしまう。
これまであれ程名推理を披露してきた折木が、入須という女性に上手く利用されここに来て初めて体験するであろう敗北感と自身の未熟さ。
この経験が折木をどう成長させてゆくのか?
そして、彼は本当の結末を見つける事が出来るのか?次回に続く。
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氷菓 第九話『古丘廃村殺人事件』感想

「この三人が、あの未完成なフィルムの殺人事件について推理しています」
「彼らの話をそれぞれ聞いて是非を判断して下さい」
入須の提案により、二年F組の有志の話を聞き未完成の『ミステリー』の結末の推理をオブザーバーとして手伝う事になった折木たち。
本郷の親友である江波の案内により連れてゆかれた教室には、映画に携わるF組の生徒三人が自分なりの推論を持ち、待ち構えていた。

「お前らか、ミステリーに詳しいってのは」
「彼が『中城 順哉』。撮影班で助監督」

「こちらが『羽場 智博』。小道具班です」
「よろしく」

「そして、こちらが」
「チャーオッ」
「『沢木口 美崎』。広報班です」
「遠路はるばるご苦労様。よろしくね」
見るからに毛色の違う三人の生徒たち。
それぞれが自身満々推理を持っているようだが、それぞれの意見を落ち着いて一人づつ聞くため、一旦他の人間は席を外しまず最初に推理を聞く中城 順哉と古典部のメンバーだけが教室に残る。

「あっ、そうでした。これ、皆さんで食べて下さい」
「これ、ウィスキーボンボンだよね」
「新製品の試供品なんだそうです」
話を聞く間に、一緒に食べようと持ってきていたウィスキーボンボンを机の上に持ち出すえる。
試しに食べてみるとその食味やアルコール分にメンバーは悶絶。
ただ一人、えるだけはケロリとした表情でその後もウィスキーボンボンを食べ続けるのだった。

「あの、脚本の本郷さんの容態はどうですか?」
「あんまり良くないみたいだな」
「まぁ、あいつを責めるわけにもいかんだろ」
「本郷さんはあまり丈夫な方ではなかったんですか?」
「そうだな、学校を休むことも何度かあったし、撮影にも出て来なかったし」
推理を聞く前にどうして舞台を遠くにしたのか等の雑多な質問。
そして、やはり脚本家である本郷の容態に話が及ぶ。
どうやら、以前から何度か学校を休む事があったのだが映画が始まってからは更に深刻なようで、撮影にも出てきていないという。
だが、それはどちらかというと、体調の問題ではなく脚本の責任に追い詰められていたからのようだ。
そして、重要な事はそのせいか脚本家が撮影に参加していなかったという事実。

「そういう盛り上げで言えば、海藤の死ぬシーンは良かったよなぁ」
「小道具班、御自慢の演出で派手に死んでくれた。あれはいい」
「あのシーンはアドリブだったと?」
演出としての派手さを求めたせいで、勝手にアドリブをしたのだと誇らしげに語る中城。
これは脚本家の本郷が参加しなかった事で、本来想定していた展開や演出とは違っていた事を意味する。
つまり、折木たちが見ていた映画は既にあの時点で本郷の意図から外れていたのだ。

「どうでしたか?」
「ええっと・・・、中城先輩の案は却下です」
そして、そんな見た目通りに大雑把に班員は窓から侵入し、海藤を殺害したのだと推論を展開した中城。
だが、草の生い茂る外部からの侵入は痕跡を残さずには不可能で、映像にもそれはなかった事から却下される。

「本郷さんはミステリーに詳しくなかったそうですね?」
「ああ、アレが本郷の一夜漬けの教材だ」
「この撮影を始めるまでは、小説どころか漫画や映画でもミステリに触れたことがなかったそうだ」
次に、やって来たのはミステリーに詳しそうな人物の羽場 智博。
彼は自らがミステリーに対して精通(エロくない意味で)している事を自慢げに振るまい、ミステリーに対して素人である本郷いついて侮辱するような言動が節々にみられ、その高慢な態度は古典部にも動揺なのであった。

「折木さん、折木さん。」
「どうした?」
「変わった印がしてあります。ほら」
「使えるネタに丸を付けただけだろう」
本郷がミステリーの勉強に使用した『シャーロック・ホームズ』の文庫本。
それを手にとってみたえるは、そのページに挟まれたメモを見つける。
そこには何かの印がついており重要な手がかりになるかと思われたが、折木はそれを却下する。
普通、ネタにするというのならばその本のタイトルを書くであろうか?
そして、単ペの映画でいくつものネタを詰め込む事も難しいはずだ。
シャーロック・ホームズには全くもって疎いのだが、かろうじて見たことのある作品から推察すると個人的にはこのタイトルと印から×じるしが付いている作品は殺人事件が題材。
◎であれば、死者が出ないような作品展開だというような分類なのではないだろうか?
つまり、本郷はネタとして死者が出ない作品を使いたかったという意図なのではないか?

「僕の考えじゃ、あのミステリはさほど難しくない」
「むしろ簡単な部類に入るね」
「というと?」
「あの殺人は計画的なものじゃないって事だ」
「むしろ犯人はたまたま条件が整ったから、それに乗じて犯行に及んだ」
「なぜですか?」
「ふふ~ん。もし、計画的ならどうやって海藤を上手袖に誘導したんだ?」
自らの推理を自信満々に披露する羽場。
ミステリーにくわしいだけあり、その推理は中城のものよりも論理的に考え、取捨選択した後に導き出されていた。
自分から上手袖の鍵を取った海藤を計画的に殺害する事は不可能。
だから、犯人条件がそろったせいで衝動的に殺害したという。


「君、折木くんだったかなぁ?」
「この密室、どう解けばいいと思う?」
「さぁ、わかりません」
「ダメだなぁ、そんな事じゃ」
「まぁ無理もないかな・・・。これが鍵だ」
そして、この羽場の自信有りげな推理の根拠である小道具が折木たちの前に差し出される。
それは人間が使っても切れないという丈夫なザイル。
これは脚本家である本郷が準備するように依頼したものであり、映画でもこれを使う筈である。
羽場はこのザイルを使い、二階からザイルを垂らして窓から侵入し部屋へと侵入したのだという。
登山部だから山にでかけるので偶然にもザイルを持っており、偶然にも二階を調べていたので殺害を思い立つ・・・?
凶器はどこから?動機は?となってしまうのだが・・・。

「ザイルの他に、本郷先輩から何か注文はありましたか?」
「うーん、特にはないが・・・」
「本郷はムラッ気があったんだろうな。例えば支持されてた血糊の量も全然足りなくてね」
「仕方がないから、こちらが気を利かせて大量に用意したよ」
自分の推理を披露し終えた羽場。
そんな羽場の口からまたもや本郷の意図を無視した撮影の状況が語られる。
前回の殺人シーンでは大量に出血する海藤が描かれ、あれでは犯人は確実に返り血を浴びているはずだ。
それを上着で隠すなどの可能性もあるが、それにしても派手すぎて違和感があった。
それもそのはず。
アドリブの際と同様に、演出の小道具に使われた血糊も本郷の意図を無視し勝手に多く使用されていたのだ。
それらの相互作用の結果、あの海藤の腕の斬り落とされるような演出も大量出血シーンも本郷の意図ではない、完全にオリジナルの展開として出来上がっていたのだった。

「さっきの中城さんの案もそうですが、何か違和感のようなものを感じます」
「よくわからないんですが、本郷さんの真意はそこにはないんじゃないかと」
「その辺でやめとけよ」
「あぁっ」
「あら、こんなに食べていましたか」
羽場が居なくなった後、ザイルの事もあり二階からの侵入というトリックには伊原や里志が賛成する。
だが、えるはその推理に違和感を覚え、理論的ではないが納得出来ないと答える。
折木も、同様に気付かれずに二階から侵入する事の難しさからその案を却下。
やはり、正解はわからないのであった。
そんな中でえるは推理を聞く時間が長かったせいか、それに比例してウィスキーボンボンを食べ続け一箱をほぼ一人で平らげてしまったのだった。

「ちーちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「ダイジョーブ。んふふふっ」
えるの表情に変化は見られないのだが、アルコール分を大量に摂取したせいか、やはりその挙動はどことなくおかしい。

「いかがでしたか?」
「却下です」
「そうですか。これが脚本です」
なかなか物語の真相が見えてこない折木たちの前に、江波から本郷が書いたという脚本が手渡される。


「いいな、いいな。私も欲しいです」
「酔っぱらい」
「大丈夫ですよ」
その中身を確認すると、やはり撮影現場の状況を把握した上で細かい支持がされており、本郷が几帳面な性格であり、あのシーンに最深の注意をはらった事がうかがわれた。
だが、そうであれば尚の事、そんな重要なシーンにアドリブによる過剰な演出を入れたせいで脚本家の苦労を壊してしまったのだ。

「さて、私の意見を聞いてもらおうかな」
「君たち、ミステリーって聞いたらどんなの想像する?」
「じゃあ、君」
「オリエント急行とか」
「それじゃあ推理小説でしょう?マニアックねぇ」
三人目の生徒である、沢木口さん。
彼女は話をする前にミステリーという物のイメージについて尋ねる。
我らが折木さんは
ミステリー=殺人事件を推理する作品ではない。
『面白くて知恵がつく人の死なないミステリ』だってあるのだ。
あくまでも、謎めいた事件や超常現象等を探っていくような物を広く総称してミステリなのである。
これまでの人物は、皆あの映画で『殺人事件』だという先入観を持っていた。
だが、ナレーションでも演出でもそうだが『事件』ではあるが、『殺人』とは断定されていない。
本来の指示された血糊の量も少く、殺人ではなく怪我程度であった展開が勝手に殺人に変えられた可能性の方が高い。
むしろ、海藤自身による自作自演の狂言という可能性もある。
折木たちでさえ『ミステリー』という名前と入須とのやりとりから犯人が居るものだと決めつけていた。

「それでね、海藤の死んでた部屋には誰も入れなかったんでしょう?」
「だったら、七人目が居るに決まってるじゃない」
そして、そんな沢木口さんが披露する推理。
それは登場人物以外に別の人物がいて、その人物が犯人だという物。
七人目の登場人物という可能性はなくもないが、それがこれまで出てきていない人物であれば推理どころではないただの通り魔事件だ。
そして、沢木口のそれはある種の超常的な存在であり、あれ程綿密に練られた脚本の割りに大雑把な犯人像から折木たちには却下される。
あるとすれば、ナレーションの人物やカメラで撮影をしている人間が実は登場人物の一人だという叙述トリック設定ならば可能だが、それらしい描写もなかった。
机に置かれた鍵も人数分であったはずだ。

「違います、絶対違います。沢木口さんの案は絶対に本郷さんの本意じゃありません」


「万華鏡のようです」
「万華鏡?」
バタッ、ゴン。(昏倒し机に頭をぶつけるえる)
「ちょっ、ちーちゃん?」
酔っ払ったえるはいつになく沢木口の推理に激昂し、それを否定する。
その刹那、怒鳴ったりしたせいか急に目眩に襲われたのか、おそらく目が回る事を万華鏡と表現し倒れてしまう。

「いかがでしたか?」
「却下です」
血糊の量から本郷が大量殺人をするつもりがなかった事から沢木口の言うような超常現象連続大量殺人事件の説も却下し、都合すべての推理を却下した折木たち。


「結局、全部却下しちゃったねぇ」
「あの映画、どうなるんだろう」
「まぁ、完成は無理だろう」
このままではこの作品は完成せずに終わってしまう。
里志は自分たちが関わったこともあり、解決せずに終わらせてしまう事に少しばかり後ろめたさを感じているようだが折木はあまり気にしていないようであった。
だが、そんな折木の脳裏には入須の言葉がよぎる。
才能のない人間がいくら努力をしても無意味。
それは一体誰に対しての言葉なのか?
ミステリー素人でありながら脚本を断れなかった本郷?
勝手に作品をねじ曲げてしまう短慮のクラスメートたち?
それとも・・・?

「少し、茶を飲むだけの時間をもらえないかな?」
そんな、映画の結末を推理する事が出来ず、なかば放棄してしまった折木の前に再び入須が現れる。
彼女は一体、何を折木に話すつもりなのか?
映画のエピソードに入って2話目。
撮影の状況や本郷の人物像についても情報が明かされ、徐々に真相が見えてきた。
そして、やはり気になったのは本郷の容態
中城の話からすると、どうやら本郷の体調はむしろ映画絡みの責任感と、勝手な演出変更からのシナリオ破綻が原因のような気すらする。
・本郷は海藤の密室シーンでは大量出血を考慮していない
・脚本の参考にしたと思われる作品が殺人事件モノとは違うらしい
・本郷の容態は、その真面目さと几帳面さからくるプレッシャーによる疲労
これらを考慮すると、本郷の意図していた映画は海藤が大怪我をして、その犯人を推理する内容だった。
だが、それが映画の製作スタッフの暴走により、シナリオが破綻。
これまでのプレッシャーと、修正不可能に破綻してしまった映画製作の責任感から疲労がピークになった本郷は倒れ(もしくは逃げ出して引きこもり)、入須に相談?
そこで、前回の入須の行動となったのなら合点がいく。
つまり、今回の一件の真実は犯人を推理する事ではなく、本郷が考えていた脚本が破綻したため、代わりに破綻のない結末を考える人物が欲しかった・・・という事ではないだろうか?
さて、次回は入須から何が語られるのか?
そして、折木たちの導き出す結末とは?
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氷菓 第八話『試写会に行こう!』感想


名前を入れて下さい「急にこんな話をしてすみませんでした」
あ・た・し♪「ごめんねー、さすがに時間と距離は動かせないもんねー」
携帯のメールで謎の意味深い内容がやり取りされた後、場面が暗転。
コンピューターのチャット画面で誰かと誰かに助力を求めたようだが、どこか離れた場所に居るその人物は力になることが出来ないようであった。
だが、自分の代わりにとある人物の事を推薦するが・・・。

名前を入れて下さい「そうだ」
名前を入れて下さい「どうせなら友達も誘ってくればいい」
名前を入れて下さい「そう、三人ばかり」
L「いいんですか?」
名前を入れて下さい「確か古典部だったな?」
名前を入れて下さい「部員を引き連れてきてくれれば、私も嬉しい」
『ICPOの皆様Lです』
再び場面は代わり今度は我らのヒロイン、Lこと千反田えるさんがチャットに降臨。
その謎の人物からの誘いにより、えるはその裏に何か思惑がある事も知らず誘いに応じ古典部のメンバーと一緒にとある催しへと向かう約束を交わすのだった。
L=古典部=千反田える

(C)大場つぐみ・小畑健/集英社
その発想はなかったわ

「遅れてすいません・・・、試写会です」
「皆さん、試写会に行きましょう」
「二年F組が制作したクラス展示のビデオ映画なんです」
夏休みの中、気だるそうに自主登校してきた折木を前に開口一番、試写会に行こうというえる。
どうやら、チャットで誘われていた事とは二年F組が文化祭の企画として作った自主制作映画の試写会の事であった。

「お言葉に甘えて来ちゃいました」
「ああ、よく来た」
「ようこそ、本日は招きに応じてくれてありがとう」
える達が向かった先の視聴覚室では暗幕が張られすでに試写会の準備がされ、今回の試写会へえるを招いた一人の先輩生徒が古典部を出迎える。

「よろしく、私は入須冬実だ」
先輩生徒の名前は『入須冬実』。
える野実家である千反田家とも付き合いがあり、総合病院を経営する家の令嬢。
さらには頭脳も明晰で、『女帝』とも呼ばれる人物であった。

「さて、これは私たちのクラスで制作した映画だ」
「これを見て是非とも率直な意見を聞かせて欲しい」
「楽しみです」
映画の試写会が始まる際、折木は映画を見て何を聞かれるのかを入須に尋ねる。
だが、入須が聞きたい事というのはどうやら映画の感想というわけではなく、もっと別の何かであるようだった。
では、何故折木たちに映画をみせ、何を聞きたいというのか?

「このビデオ映画にはタイトルはついていない。仮称は『ミステリー』」
「ビデオが終わったら一つ聞かせてもらいたいことがあるから、そのつもりで・・・」
「では、そろそろ始めよう。では、健闘を祈る」
「健闘?」
詳しい事情を先に口頭で説明するよりも、映画を見てからの方が『効率的』だという入須の言葉に疑問を残しながらも『効率的』という響きに大人しく映画を見る事にした折木。
だが、試写会を始める直前の入須の言葉に更に謎を深めるのだった。

「それなら大丈夫、きっとあると思う」

「袖じゃない?」

「開かない。鍵がかかってる」

「ちくしょう、誰が・・・」
始まった映画の内容は仮称どおり、廃村を取材に出かけた生徒たちが廃墟で殺人事件らしき目に遭うという物。
その演技は一般の高校生らしく稚拙で、台詞も棒読みとお世辞にも上手いといえる物ではなく、挙動不審な犯人の行動が目立たないようにわざとこのように演技しているのかとも思わされる程。
そして、物語は所々で登場人物たちが犯人らしき怪しい行動を見せながら進んでゆき、最後には被害者らしき人物が倒れている場面を発見し・・・。

「終わり・・・なの?」
「えっ?あっ、まだ・・・終わってませんよ」
「映像はここまでだ」
「どういう事ですか?」
「この事件の犯人は誰だと思う?」
事件が起き、これから物語は佳境を迎えるかに思われた矢先、唐突に終わる映画。
あまりに突然の終わり方に呆気にとられる折木たち古典部の面々。
だが、それこそが入須が古典部を試写会に呼ばねばならなかった重要な事情を示していたのであった・・・。

「クラスで唯一マンガを書いた事のある本郷真由という子に一時間の映画の脚本が託された」
「そんな無茶な」
「本郷はよくやってくれた」
「でも、彼女はいま見てもらった場面まで書いた所で倒れた」
映画の制作は夏休みを使い順調に進んでいたのだが、途中で脚本家が倒れてしまった。
脚本が完成しておらず、一人の人間に脚本を任せてしまっていたが故にその結末もわからないというのだ。
そため、映画は未だに完成しておらず、このままでは文化祭での完成が危ぶまれる。
つまり、古典部が呼ばれた理由。
そして、試写会で何を健闘し、何を聞かれるのか?
その答えこそが『未完成の映画の犯人を考える』という事。
入須はその為に古典部を試写会に呼んだのだ。

「そこで最初の質問だけど、犯人は誰だと思う?」
「本郷はこれから解決編という所で倒れた。見るものが見れば犯人を割り出せす事が出来るはず」
「でも、素人が書いた脚本にちゃんと手がかりがまかれているんですか?」
「それなれら大丈夫。あの子はミステリーの勉強をきちんとしていた十戒も九命題も二十則も守っていたはずよ」
脚本を書いた本郷という人物はミステリーの基礎を学び、映画の中には犯人をさし示す事柄が散りばめられていたという入須。
・この土地に来た事があるらしい人物
・不自然に鍵の在り処を知っていた人物
・初めての建物で、特殊な袖という部屋を把握していた人物
・袖に鍵がかかっていると言った人物
・誰も返り血を浴びていないのに対し、大量に出血する被害者
などなど確かに犯人に繋がりそうな事柄はあった。
だが、これだけでは到底犯人を割り出す事は出来ない。
あれだけでは凶器も、人物の性格や人間関係も、動機も何も分からない。
これだけでは誰もが犯人と疑えてしまうのだ。
言い換えれば、いくらでも犯人らしき人物を推理出来るであろうが犯人を特定は出来ないのだ。

「なんだよ」
「いやぁ、これは奉太郎の担当じゃないかと思って。探偵役はね」
「うわ、嫌そうな役だね」
「真剣に見てなかった」
当然、この難題について他の古典部の面々はさじを投げ折木に探偵役が回ってくる。
だが、折木はいつもながら厄介な問題に巻き込まれた事に面倒くさそうに受け答えする。

「入須先輩が考えればいいじゃないですか?」
「私はミステリーに疎くてね」
「それなら、何でミステリーが題材になるのを止めなかったんですか?」
「私は最初、企画に参加していなかった」
「北海道から戻ってきて、事態の収集に乗り出したのが一昨日」
企画や問題を知らず、先日この自体を知ったばかりだという入須。
自分が考える事を嫌がる折木はそんな入須にもっともな質問をぶつける。
頭脳明晰な入須自身がなぜこの映画の結末を考えないのか?
その問いに、さも自分はミステリーに疎くこの映画の結末を考える事が出来ないように答える入須。
確かに、えるのように頭脳だけ良くて推理が苦手な天然お嬢様も居るのだからそれもおかしくはない。>えー
だが、根本的な疑問はそうではない。

「どうして俺たち古典部が選ばれたんですか?」
「まず、千反田と面識があったこと」
「それから、氷菓の話を聞いたこと」
「・・・・」
「えっ?御存知だったんですか?」
ここで、なぜ古典部が犯人を考える事に選ばれたのかがハッキリとする。
それは、折木が氷菓の事件を解き明かしたという話しを耳にして興味を持っていたからであるというのだ。
氷菓の事件について、折木は千反田達以外に知っているであろう糸魚川女史が話したと勘違いをしていたが、おそらく糸魚川女史が過去に因縁のある氷菓について喧伝して回るはずがない。
折木と氷菓の事を知る人物で他に思いつくのは・・・。
入須と冒頭のチャットで会話していた『あ・た・し♪』。
遠い場所(=海外)に居る人物、折木の姉に他ならないだろう。

「それに、なぜ本郷さんが信頼と体調を損ねてまで途中で脚本をやめなければならなかったのか?」
「私、気になります」
「手伝って上げようよ、奉太郎」
「どうせ、暇なんでしょう」
そして、もっともな疑問を口にするえる。
折木たちは映画の結末、犯人が誰かという事にばかり気を取られているが、それはむしろ蛇足でしかない。
むしろ、今回の一番の謎こそは『なぜ入須は古典部に犯人を尋ねたのか?』である。
よくよく考えれば、本郷は倒れてはいるが容態に関しては触れられていない。
ただ、入須の態度から察するにそれ程酷くはなく、意識不明でも面会謝絶でもないのであろう。
これまた、おそらく最冒頭のメールのやりとりこそ本郷とのメールなのであろう。
つまり、メールを出来る状態にある脚本家本人に直接聞けばいい。
なのに、あえてそうしない理由。
それは一体・・・?

「ここで引き受けて犯人が分からなかったらどうするんだ?」
「あっ・・・」
「2年F組の先輩たちの前で土下座でもするのか?」
「そこまでの責任は取れない」
他のクラスの事に無責任に首を突っ込み、それで犯人の推理が出来なかった場合の事も考え、重大な責任はとれないと渋る折木。
もちろん、入須も折木達部外者にそこまでの責任を求めては居なかった。

「オブザーバー的な役目ならどうだろう」
「オブザーバー?」
「私達のクラスの探偵役志願者の話を聞いて、参考意見を言ってもらう・・・。どう?」
「・・・はぁ。それなら、まぁ」
入須の譲歩なのか誘導だったのか、二年F組の先輩たちに混じり映画について参考意見を言う事を求められる。
それは結局ところ、犯人を推理する事と同義なのだが責任がない以上断る事も出来ずに折木は渋々承諾するのだった。

「おはようございます、迎えに来ちゃいました」
推理当日。
朝から折木の自宅へと迎えにやって来るえる。
いつの間に折木の自宅を知って、何故迎えに来たのか?
厳格な父親の気持ちで少しばかりえるに問いただしたい。

「今日は使いの方に案内してもらって、探偵役の方に話を伺いましょう」
「いつの間に打ち合わせしたの?」
「チャットです。神山高校のホームページに生徒だけ入れるチャットルームがあるんです」
古典部の面々が部室に揃い、今日の予定について語り始めるえる。
どうやら、冒頭でのやりとりと同じく、入須との打ち合わせをチャットで済ませていたのだった。

「江波 倉子といいます、よろしくお願いします」
「入須から話があったと思いますが、今日はこれから皆さんを探偵役に引き合わせます」
予定通り、二年F組の生徒である『江波 倉子』と共に二年F組の有志が集まっている教室へとむかう事になる古典部の面々。

「江波さんは本郷さんと親しかったんですか?」
「どうしてですか?」
「いえ、ただあの脚本を書かれた方がどの様な方だったのか気になるだけです」

「本郷は、生真面目で注意深く責任感が強くてバカみたいに優しく・・・ノロイ」
「私の、親友です」
教室へ向かう途中、迎えに来てくれた江波に本郷のことを興味本位で尋ねたえる。
江波はそんな質問に対し、どこか皮肉めいた言葉で評し、自分の親友だと語る。

「この三人が探偵役志願者です」
そして、教室で引き合わされる三人の探偵志望の人物たち。
これからどの様な推理合戦の様相となるのか・・・次回に続く。
全体としては、初登場の入須など喋るキャラばかりでこれまでと違い、喋る=重要キャラの法則で判別出来ないという事で困ってしまった。>えー
冒頭である程度の事前情報が提示されていた事で、視聴者は折木たちよりも冷静に状況を判断できた構成だった。
が、その反面オチらしきものが既にちらつき始めてしまっている気がするのが残念。
自主制作の映画については稚拙さを演出するため、少し間延びした部分や棒読みの演技などわざわざ豪華な声優を起用してまで丁寧に表現されていたと思う。
今後は、映画の真の犯人は誰か?
入須の目論見は一体何なのか?
といった事件の表と裏の二つの謎が解かれてゆくのではないかと考えるのだが、果たして本当にそうなのか?
次回も見逃せそうにない。
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氷菓 第七話『正体見たり』感想

「叔父の件では本当にありがとうございました折木さん」
「折角ですので、皆さんで温泉に行きましょう」
「行きましょう、温泉」
「そう・・・だな」
せっかくの夏休みをまったりと過ごそうと考えていた折木だったが、古典部のメンバーで一緒に合宿に出かけようというえるの誘いを断りきれずに渋々と承諾。
果たして、古典部の四人はえるの企画により財前村にある摩耶花の親戚が経営する民宿に旅行に出かける事になったのであった。
何が『折角』なのかは分からないが、古典部のメンバーで一緒に合宿にでかけようという強い純粋な願いが顔に出ていたえる。
えるの可愛い表情に『いきたい』なんてエロい単語が書かれているのを見ていたら、成年コミック『サブスカ作/ボディランゲージ (MUJIN COMICS)

「いらっしゃいませ、青山荘へようこそ」
「こっちが、姉の『善名 梨絵』でこっちが妹の『善名 嘉代』」
折木は道中のバスに酔うなどトラブルはあったものの、無事に目的地の財前村にある摩耶花の親戚が営む『青山荘』に到着した古典部一行。
そこには摩耶花の親戚で小学六年生と小学四年生の仲の良い姉妹が住んでいた。

「せっかく温泉宿に来たからなぁー」
「あっ」
最初は旅行に気乗りしなかった折木だったが、せっかく来たのだから温泉につかるのも悪くないだろうと考え少し離れた場所にある温泉へ向かおうとするのだが部屋を出た所でえると出くわす。
えるも手に持っていた荷物からどうやら折木と同じく温泉に出かけるようで、成り行き上一緒に温泉に向かう事になる。

「突然なんですが折木さんのお姉さんはどんな方ですか?」
「本当に突然だな。そういえば、千反田は一人っ子だったか」
民宿に済む梨絵・嘉代の姉妹をみていたせいか、一人っ子であるえるは兄弟を持つ折木に対して兄弟とはどのような物なのかを尋ねるのだった。

「んふふ。実はですね、兄弟が欲しかったんです」
「姉か弟、気のおけない相手がいつも傍にいるなんて素敵だと思いませんか?」
「思いません」
『う~ん。言うなれば、実際に妹がいる人は妹萌えしにくいっていうのと同じですね』(TVアニメ らき☆すた 第23話より)
理想の兄弟像について楽しそうに熱弁を語るえるだったが、実際に兄弟がいる折木にとってはそれはあまりにも夢物語であり、現実とは掛け離れたものに感じられた。

「ここ、混浴じゃないようですね」
「当たり前だ」
ようやく温泉についた折木とえる。
そこで温泉が混浴でないことに驚くえると、そのえるの天然な爆弾発言に驚愕する折木。
まさか、折木と一緒に混浴する事を想定していたのか・・・?
子作りの英才教育まで施されているとは、お嬢様恐るべし。>えー

「千反田か?」
※これは折木のイメージ映像です
当然、男用の温泉に入った折木だが、隣の女湯から聞こえてくる音についついえるの裸体を想像してしまい、興奮のあまりのぼせてしまうのだった。
えるさんは発育もいいし、うなじにえも言われぬ色気がプンプンしてますから気持ちは良くわかります。
だが、それにしても妄想だけでのぼせる程とは、橘さんも顔負けの変態紳士っぷりだな。>えー

「悪いなぁー、二人共ぉー」
「どういたしましてだ」
「折木、アンタは結局イベントを楽しめない宿命なのね」
のぼせてしまいった折木は気分不良で寝込んでしまう。
そのせいで、折木は里志や麻耶花達が夜に行う怪談話大会というイベントに加われず、一人寂しく寝ているはめになる。
まぁ、むしろ折木的にはイベントに参加するよりも静かに寝ている方が性に合ってるかもしれない。

「折木さん、大丈夫ですか?」
「あんまり」
折木が寝込んだ原因が自分の魅力のせいだとはつゆ知らず、心配して見舞いに来てくれたえる。

「まだ熱いですね、タオルでも絞ってきましょうか?」
「いや、ぁ・・・いらない」
「あぁ、俺は寝る。せっかくの合宿に水をさして悪いな」
『うわだからッ今立つとカタカナの「ト」みたいになって・・・』
心配そうに折木をやさしく解放する湯上り卵肌のえるさんの色香にあてられた折木は、さらに赤面して症状を悪化させかねないので丁重にえるを遠ざける。
そして、楽しい合宿を台無しにしている事に謝罪をするのだった。
以前の折木なら、他人との慣れ合いを好まずその輪に加わらない事にも悪びれる事はなかったのだが、やはり多少人間関係に対して変化の兆しがあるようだ。

「ほら、窓から見える真正面のあの部屋よ」
「私達は1階で暮らしてて、2階にはあまり上がらないようにしてるの」
大人しく部屋で寝ている折木だったが、隣の部屋から聞こえてくるこの民宿の七号室にまつわる怪談話が耳にはいり目が覚める。

「ん、ん~?」
余りにも隣から聞こえる声が気になるせいか、窓を閉めようとした折木の視線に夜だというのに何処かに出かけてゆく人影が映る。

「おはよう、千反田たちは?」
「ん」
「出た」
「何が?」
「昨日の夜中に、生暖かい風で目が覚めて何となく寝返り打ったら向かいの部屋に首吊りの影がぼんやり揺れて浮かんでたの」
「うろたえる伊原も中々珍品だな」
翌朝、体調が戻った折木だったがその逆に顔色の悪い麻耶花。
どうやら、昨日の怪談にあった件の首吊りの影を目撃したらしく、珍しく怯え取り乱しているのだった。

「私も見たんです、首吊りの影を」
「摩耶花さんが起きたので、私も目を覚ましたんです。そしたら闇に浮かんで見えました」
「ほぉー」


「何かの見間違いだ、昨日のあれだ。幽霊の正体見たり」
「枯れ尾花ですか?」
「ん」
「だとしたら何を見間違えたんでしょう」
これが麻耶花一人であれば見間違いという事で済ます事ができるのだが、えるも同様の影を目撃したという事で徐々に真実味を帯びていく。
だが、折木はそれを何かの見間違いだと一蹴するのだが・・・。
それならば何を見間違えたというのか?
いつものようにえると麻耶花の好奇心を刺激してしまい、真実を調べなければならなくなる折木。
折木は、いっそ幽霊だと認めておけばそれだけで済んだのかもしれないと内心後悔していることだろう。

「雨戸が閉まっている限り影は出来ない、厄介なことになってきた」
「こうなったら本館7号室を見た方がいいだろう」

「いいですね、謎めいて。やっぱり合宿を開いてよかったです」
「開かなくてよかったです」
目撃した場所や状況を調べ始めると、閉まっていた雨戸が開いているなど不審な部分がいくつか出てき、詳しく調べる必要性が出てきてしまう。
そんな深まってゆく謎めいた状況を嬉々として楽しむえると、余計な事に首を突っ込んでしまったと後悔を隠し切れない折木であった。

「7号室に入れないと困りますか?」
「困るというか、面倒になった。現場検証が出来ないからな」
「あら、懐かしいものがありますね」
「ん?」
「朝のラジオ体操・・・、一昨年までは通っていました」
「中学二年まで?本当に・・・?」
『シュビドュビシュビドュビシュビドュビバ。』(金色のガッシュ 第19巻より)
7号室が工事中のため立ち入れず調べられないという状況よりも、えるがラジオ体操に中学二年まで通っていたという事実に驚愕し、どこぞのビッグ・ボインを見つめる清麿のようにレイプ目でえるを

「千反田を満足させられる説明がつかない」
「影の正体は難しくない。要は、何故そうしたのかという事だ」
7号室の現場をを実際に見る事は出来なかったが、ある程度の状況証拠を集めた折木。
・生暖かい風が吹いて麻耶花が目を覚ました事
・誰かが開けた雨戸
・首吊りの影と見間違えた物
・昨夜に雨が降っていた事
何を見間違えたのかは折木にも粗方の推測がついていた。
だが、それらの証拠からは肝心の何故そうしなければならなかったのかが分からないのだった。

「首吊りの影・・・あれなぁ、ハンガーに掛かった浴衣だったんだろうなぁ」
「へ?」
温泉で里志から昨夜に祭りが行われていた事を聞いた折木はようやく結論に達し、それをえるに説明を始める。
まず、首吊りの影と見間違えた物の正体は干された浴衣。
そして、それを干していた人物は・・・。

「乾かしていたんだよ、濡れた浴衣を」
「雨戸が開いてたのは風通しを良くして早く乾かすため」
「何で・・・」
「雨が降ったから」
「違います、何で七号室なんですか?」
「乾かしてる所を見られないようにするためだ」

「家族から隠したかったんだ」
「どうして?」
「浴衣を干したのは嘉代だ」
今回の不思議な事象を引起こした張本人。
それは、嘉代であった。
ええ、分かってましたよ。
氷菓では喋るキャラが事件の鍵を握っているのが毎度お決まりですからね。
姉の浴衣を黙って拝借していた嘉代は、それを雨で濡らしてしまった事がバレないよう人知れず七号室で乾かしていた。
その様子を摩耶花たちが目撃し、見間違えたのだ。

「そんな時、祭りを楽しむ嘉代に不幸が起きた」
「雨が降った」
「雨はすぐに上がったが、浴衣は濡れた」
姉妹でも物を区別する姉には浴衣を借りれないと考え、黙って借りた嘉代。
その後ろ暗さから、さらに濡れてしまった浴衣の事を隠さなくてはならなくなった。
今回の一件はそんな姉妹の関係の悪さが原因であるように思われた。

「そうなら、あの二人は仲が悪いという事になります」
「浴衣を貸し借りできない姉妹なんて・・・」
「そんなもんじゃないか?兄弟なんて」
兄弟について互いに強い信頼関係や愛情を持つという理想像があるえるは、今回の件について少なからず衝撃を受け悲嘆する。
だが、実際に兄弟のいる折木にとっては兄弟とはいえ最低限の線引きや距離はあっても不自然ではないと考え、今回の梨絵と嘉代もそういう物なのだと捉えるのだった。

「千反田の望む兄弟ってのは枯れ尾花なのかもな・・・」
えるの言う理想的な兄弟。
それは、折木にとってがそうであるように現実の兄弟からは程遠く、実際には存在しない幽霊のような存在なのかもしれないと今回の一件にかけてポツリとつぶやく。

「ま、枯れ尾花ばかりじゃないかもな」
だが、民宿に帰ってきた折木とえるは鼻緒が切れた嘉代を梨絵がおぶるという姉妹の微笑ましい姿を見つけ、二人の仲の良さを再確認。
えるは、姉妹という物が互いに思いやる気持ちを持つ事に感動し、折木は世の中には自分が考えている程悪いものではないのかも知れないと自分の考えの未熟さを知るのだった。
今回は水着回ならぬ、温泉回。
水着どころか一糸まとわぬ
姉妹の部分は若干掘り下げが少く感情移入が薄かったが、えるが兄弟を欲している何らかの切なさを抱えている事はよく分かった。
今回の事がもしかしたら、次回以降に繋がってゆくかもしれないのでよく覚えておこうと思う。
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氷菓 第六話『大罪を犯す』感想

「千反田・・・か?」
五時間目の授業中。
折木のクラスは隣の教室から聞こえてくる怒声にざわつく。
その聞こえてくる声から、教師である「尾道」という人物となぜか「千反田える」の声が聞こえ、やがて声は聞こえなくなった。
授業を退屈そうに聞き流す折木は、そんな短い時間の出来事をなんとなく記憶したものの大して興味も持たずすぐに再び気だるそうに授業をうけるのだった。

「そもそも福ちゃんがやるって言い出したんじゃない」
「摩耶花さん、あの落ち着いてください」
「ちぃーちゃんは黙ってて」
放課後、古典部の部室ではどうやら一悶着あったらしい伊原が里志を一方的に責め立てるという痴話喧嘩の風景が繰り広げられていた。
えるはそんな熾烈に怒る伊原をなだめようとするが、うまく収めることが出来ず折木に助け舟を求めるのだった。

「どうにもならん」
面倒な事に関わりたくない折木はそれを拒否するのだが、必死になったえるにほだされついには助け舟を出すことにする。

「疲れないか?」
「疲れた」

「一休みしろよ」
「そうする」
折木の何気ない一言に冷静さを取り戻した伊原は怒るのを一旦やめ、着席をする。
そんな怒りっぽい伊原に対し、里志はえるを見習って欲しいと苦言を呈す。
そんな流れから、古典部ではそれぞれがどのような怒り方をするのかが話題となり・・・

「折木さんも怒るんですか?」
「ふんっ、折木が怒るわけないじゃない」
「温厚だからですか?」
「怒ることも満足に出来ない人間として寂しい奴だから」
(おい、それは幾ら何でもそれは酷くないか?)
(おっ、ほら怒れた)
里志も見栄をはり人前では怒らないがというが、怒ることはある。
だが、折木の場合は怒る事が出来ないという人間的な感情の欠落として扱われるのだった。
だが、その事にも明確には抗議せず心のなかで怒るのみで、感情の発露や感情表現に問題があるのかもしれない。

「怒れないのは置いといて、怒らないのはそれだけで美徳だよ」
「なにせ憤怒は重大な罪だ。摩耶花にもお手柔らかにしてもらわないとね」
「罪?」
「『七つの大罪』ですね」
どこぞのフルメタルな錬金術師でもおなじみ。
「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」という七つの大罪。
怒りはその中に含まれ、里志はえるがあまり怒る事をしない事を褒めるのだが・・・。

「私、怒らないのがいい事だとは思いません」
「だって、他の大罪もそうでしょう」
「・・・?」
「傲慢や強欲だって大事だと思うんです」
「例えば?」
「傲慢な所が全くない人は自信のない方じゃないでしょうか?」
「誰からも強欲と言われない方は、きっと家族を養うのも難しいんじゃないでしょうか?」
「世界中の方々が嫉妬しなければ新しい技術は生まれなかったんじゃないでしょうか?」
大罪と呼ばれ、負の側面を強調されているものにも少なからずプラスの側面もあるという事を力説するえる。

「つまり、程度の問題だと?」
「大罪という言葉だけを持ってきてそのまま私たちの生活に持ってきて当てはめる事はできないと思っているだけです」
えるが言いたいのはつまり、そういった感情を極端に抑制する事ばかりを強いるのでは現実の世界にはそぐわず、適度な物であれば許されてもいいのではないかと考えているのだった。

「じゃあ、ちーちゃんが怒らないのは何で?」
「疲れるからです。疲れることはしたくありません」
では、何故えるは怒らないのか?
その答えはまさかの省エネ主義だからという物であった。
優等生のえるから発せられた爆弾発言に天変地異が起きたかのように驚愕する里志たちをよそに、同類の出現に心のなかで歓喜する折木。
演出から察するに、きっと折木の中では「えるちゃんマジ天使」くらいの喜びだったのだろう。

「冗談です」
爆弾発言はえるの冗談だったと聞き胸をなでおろす里志たちと、その逆に落胆する折木であった。

「怒らない訳じゃありません。私だって怒ります」
「そうですね、例えば・・・食べ物を粗末にされると怒ります」
「お米の一粒は汗の一滴です」

「さすが農家の娘だ。そういえば・・・」
「怒るといえば、五時間目尾道の授業で怒ってたのおまえじゃないか?」
そんな怒る談義が続く中、折木はふと今日の五時間目に起きた出来事を思い出し、その渦中に居たであろうと思われるえるに何があったのかを尋ねるのだった。

「そうでした、どうして忘れていたんでしょう」
「その件を是非、折木さんに聞いてみようと思っていたんです」
「しまった・・・」
だが、折木はその直後自らの迂闊さに気付く。
なぜなら、その余計な発言がえるの眠っていた疑問を呼び覚ましてしまったのだ。

「気になります、気になります、気になります、気になります・・・」
『よしセルジュニアたち!!お遊びはそこまでだ!!』
あまりにもいつも通りの強引なプレッシャーからか、身体にまとわりつく

「さぁ、帰るか(棒読み)」
ハシッ(折木を捕まえる千反田さん)
「是非、折木さんに聞いてみようと思っていたんです」
省エネ主義の危機を感じ取った折木は足早に退室しようと試みるが、えるの好奇心はそう安易と折木を開放してはくれないのだった。
逃げようとして捕まった折木は渋々逃げる事を断念し、えるの話を聞かされることになるのだった。

「実は五時間目の授業で・・・私、怒ったんです」

「ですが、私何が起こって怒らなければならなかったのか分からないんです」
「当然に私は怒らなくても良かったはずなのに、何かが起こって怒ることになったのですが・・・」
「起こった事というのが分からないんです」
「何だって?」
折木に事情を説明しようとするえるだったが、その説明は要領を得ずまさにどこぞの奇妙な冒険で有名なワンシーン。

(C)荒木飛呂彦 & LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
『な・・・何を言ってるかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった・・・』
つまり、こういう状態。
そんなえるの意味がわからない発言に困惑する
そして、折木同様に唖然とする他の二名。
一体えるの身に何が起き、何が理由でえるは怒り、何がわからいというのか?
そんな、何が起きたかもうまく説明ができない得体のしれない謎が、折木に説明するためにもう一度ゆっくりとえるによって紡がれてゆく。

「私が折木さんに聞きたいのは、先生はどうしてそんな勘違いをしたのか?という事です。先生は間違いの少ない方でしたから」
よくよく話を聞くと、授業中に教師の尾道が授業進度を勘違いしていた事で生徒たちが質問に答えられず、尾道はそれを罵倒した。
そこで、えるが教師に授業進度の勘違いを指摘したというのだ。
そこまでは何も変な所はない。
えるが知りたいのは、「尾道が何故勘違いをしたのか?」という事なのだ。

「でも、どうして怒ったか聞かれると・・・」
「自分の事は難しいですね」
「そうね」
「千反田が何に怒り、何に喜ぶのか?それを知るには俺はまだこいつを知らなさすぎる」
そして、もう一つ「千反田えるは何故怒ったのか?」という謎。
だが、これを折木が知るにはまだえるの事を知らなさすぎる。
える自身でさえ、自分が何故怒ったのかわからないのだ。
いつかは分かる時が来るかもしれないが、今はそれを敢えて考えずに思考から外しておく折木。

「D組みならA組と勘違いしてもおかしくない。Cはどう見てもAとは間違えないからな」
「はぁ?またバカな事を言い出した」
「AとDだって間違わないわよ」
「尾道は数学教諭だろ」
「だから?」
・尾道が教科書のページに授業進度をメモする事
・教科書はもちろん今年度から使用している新品
・D組ではもうその授業まで進んでいた
・尾道は数学教師である
などなどの条件を推論し、考察した折木は尾道が起こしたであろう勘違いの理由に気付く。

「数学教諭ならこう書くだろうから」
「ああ、小文字のaとdか」
「なるほど」
それは尾道が授業進度のメモを読み間違え、勘違いを起こしてしまったからだという事。
聞いてしまえば何のことはない、誰にでも起こりえる些細な勘違い。

「aとd、勘違いは責められません」
「やっぱり私、先生に少し言い過ぎたかも知れませんね。悪いことをしてしまいました」
悪気のない勘違いに対して怒ってしまった事を後悔し、反省するえる。
だが、それと同時にその表情はどこか喜びの色があるのだった。

「怒らない千反田が怒り、その理由を知りたくなった」
「怒ることは悪い事ではないと言いつつも、本当はいつだって怒りたくなんかないのではなかろうか?」
「だから千反田が理由を知りたがったのは、尾道にも三分の理があり怒ったのは自分のミスだったと思いたかったからではないだろうか」
「千反田えるとはそういう奴ではないか?」
「いや、俺は千反田の何を知っているというのか?」
「千反田の行動を読めることはあっても、心の内まで読みきれると考えては・・・これはあれだ」
「大罪を犯している。傲慢ってやつだ。」
きっと尾道に対して怒りたくはないというえるなりの優しさがあり、この一件を折木に質問したのではないかと考える折木。
だが、すぐにそんな考えは否定してしまう折木。
なぜなら、先刻のように折木は「千反田える」という少女について、未だに深くを知らないのだから・・・。

「折木さん、ありがとうございました」
「折木さんには、助けてもらってばっかりですね」
「こっちはいい迷惑だ」
ずっとえるの事ばかりを考えていた折木は突然かけられた感謝の言葉に照れながら、誤魔化すように皮肉を言うのだった。
これまで他人の事を深く興味を持ち考えるような事がなかったであろう折木にとって「千反田える」の存在はどうやら徐々に「気になる存在」として意識されて来ているようなのであった。
今回は、事件を交えてこれまで深くは触れられていない古典部の部員達の性格や行動について何となく示唆された回となっていた。
その中でも、やはりえるの抜きん出た寛容さというか大らかさが際立っていた。
個人的な推測だが、折木の言うようにえるは怒るという事をなるべくしたくないし、見たくもない省エネ主義的な「省怒り主義」で、尾道に対して怒ったのも勘違いで誰かが怒り怒られるのを嫌い、怒ったのではないのだろうか?と考える。
が、これもえる本人が分からない事なのでただの空論であり、いつか作中で明らかになればいいな、と思う次第。
次回はどうも裸の付き合いという事で、きっと折木が女体の神秘について解き明かすに違いない。>えー
1段階飛ばした展開で一体どうなるのか?見逃せません。
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氷菓 第五話『歴史ある古典部の真実』感想

「奉太郎の言うとおりなら、僕達のカンヤ祭は少なくとも一人の高校生活を代償に成り立ってることになるね」
前回、折木をはじめ古典部の面々が集めた資料を検討した結果、45年前に起きた文化祭で起きた出来事を解き明かす事に成功。
その明かされた真相は、文化祭を守るために生徒らが運動を起こし、結果として文化祭は守られたのだがそのリーダーを務めた関谷純は退学となってしまったという結論に至る。
だが、折木はまだ気づいていないようだがこれではいくつかの謎が残されたままであった・・・。

「でも、驚いたよ」
「何がだ?」
「奉太郎が謎解きをしようとした事にさ」
「俺も驚いた」
これまで、自分から積極的に何かをしようとした事がなかった”灰色”の折木。
その折木が今回のえるの叔父の件については、何もせずに追われたはずであったのに自発的に謎をといてしまった。
里志はそんな折木のこれまでとは違う行動に驚き、質問を投げかける。

「無駄なやり方してるよお前らは」
「まっ、そうかもね」
「でもな、隣の芝生は青く見えるもんだ」
「お前らを見てると、たまに落ち着かなくなる」
「俺は落ち着きたい」
「だが、それでも俺は何も面白いとは思えない」
「だから、せめて。その・・・なんだ。推理でもして一枚噛みたかったのさ、お前らのやり方にな」
省エネ主義の折木からしてみれば、無駄にエネルギーを消費しているだけにしか映らない行為。
だが、それと同時に他人が楽しそうに青春を謳歌する姿を羨ましく思い、自分もそうなれるのかも知れないと興味をそそられるのも事実。
えるたちの何かに一生懸命に頑張る姿に影響される反面、だからといって今まで培った自分のスタンスはそう簡単に崩せないという難儀な状態に陥っている折木。
そこで、折木なりの打開策として自分の出来る範囲での協力をして、その行為に混ざろうとしたのだ。
そんな、これまで”灰色”であった折木が自分から何かを求めだした兆候に驚き、そして喜びにも似た表情を浮かべるのだった。

「バラ色・・・か」
「あれがバラ色なんだろうか?分からん」
結局、えるや関谷純のように何かに必死に行動する自分像が湧かず、自分が何をしたいのかも分からず悶々とする折木。
きっと、これまではそういった事すら考えずに過ごして来た反動か、ここに来て急激に考えこんでてしまい知恵熱気味に悩むのであった。>えー

「はい、折木です」
「あれ、奉太郎?」
「姉貴か?生きてたのか」
そんな折、海外旅行の姉から国際電話が入る。
折木は自分に古典部の入部を薦め、OBでもある姉に古典部の近況などを報告し、その際に関谷純についての事も話すのだが・・・。

「まだ、終わってない」
「千反田達に披露した俺の説、あれは間違っているか不十分だったんだ・・・」
「もし生きていたとしたら、関谷純は高校時代を惜しまないだろうか?惜しむはずがないと思っていた」
「自らの、そして仲間たちの情熱に殉じて高校を去った英雄はその事故犠牲を悔やむはずもない・・・どこかでそう思い込んでいた」
姉との会話の中に、『禁句』『悲劇』と言った自分の推理には欠けているキーワードがあった事に戸惑い、自分の推理をもう一度考えなおす。
そこには、文化祭を守るために生徒のリーダーとなった人間としての『英雄』としての人物像を勝手に思い込んでしまっていたせいで真実を歪めていた節があったことに思い至る。

「仲間の為に殉じてすべてを許す、そんな英雄が早々居てたまるもんか」
「それに、姉貴はあれを”悲劇”と呼んだ。関谷純の高校生活は本当にバラ色だったのか?」
「・・・つきとめてやる」
関谷純は過去の記述に残っているように本当に高潔な英雄であったのだろうか?
聖書も歴史もしかり、本人の考えは当事者の心の中にしかなく、真実は捉える人間によって捻じ曲げられて伝わる事もある。
第三者の手を経る事により人物像や事象を本来の姿、真実とは捻じ曲げて伝えてしまう事が今回の出来事にも当てはまっているのだとしたら・・・この事件の根本を揺るがす事実に気付く折木であった。

「そろってるな」
「何の用よ?」
「昨日の件で補足する事がある」
「これで決着になると思う」
翌日。
関谷純の件でいくつか足りない事がある事を悟った折木は何故か古典部員を招集し、昨日の説に補足を行うと言い出す。

「折木さん、私この件についてはまだ知らなければならない事があるようです」
「大丈夫、大抵の事は今日補足できるはずだ」
「・・・、はい」
『大丈夫だ、問題ない』
えるも同様にこの事件について足りない部分がある事を感じ、それを知りたいと思っていた。
その矢先、折木がえるよりも早く、補足が必要だと言い出したのだ。
ここでも、冒頭の”灰色”の折木らしからぬ積極的な行動が垣間見える。

「不完全?奉太郎の説が間違ってたってことかい」
「分からん」
「方向性が間違っているのか、踏み込みが足りなかったのか」
今もって確たる事は言えないが、あの資料だけでは解けていない部分があると考える折木。
だが、それがどう間違っているというのか?

「もっと『氷菓』を大事にするべきだった」
「関谷純の物語は英雄譚なんかじゃなかったとはっきり序文に書いてある」
「それは昨日話して除外したじゃないか」
「あくまで書き手の心象だから」
「ああ、だがミスリードの可能性もある」
書き手の心象という考えで、英雄ではなかったという文章を考慮して来なかった折木。
だが、それが書き手が伝えようとした真実の姿の片鱗であったならば、あながち無視はできない。

「それに、『あの争いも犠牲も先輩のあの微笑みさえも』のくだり。この犠牲は犠牲でいいのか?」
「生け贄とも読めるよな」
「生け贄は違う字でしょ、生きるって字で始まる」
「いえ、犠牲と書いてもいけにえと読めます。本来両者は同じものです」
氷菓の序文には『犠牲』という記述があり、これは生け贄も意味する言葉。
これがもし、生け贄としての意味で使用されていたとすれば、おそらくその対象は・・・。

「読み方に別解があるのは分かったよ。でも本当はどう読むのが正解かなんて、それこそ書いた本人じゃないと分かるはずもないだろう」
「そうとも、本人に聞けば言い」
「本人?」
「序文を書いた本人さ」
「郡山養子。45年前に高校1年生で現在は60か61」
「探したんですか?その人を」
「探すまでもないそばに居る。そうだな図書委員」

「うちの司書の、糸魚川先生ね」
「糸魚川養子先生、旧姓が郡山なのね」
「そうだ、あの養うって字の養子はなかなかないだろう。
「まして糸魚川先生は年の頃も完全に一致する」
「加えて、俺達が古典部だと知ってあの反応だ・・・」
以前の3話で記述した通り、やはり文集の序文を書いた人物『郡山養子』は図書室で文集を探している際に出会った『糸魚川養子』その人であった。
この作品って、物語に関係しないキャラは喋らないし目立たない扱いなので、今後もきっと

「でも、本当に糸魚川先生がそうだって証拠はあるのかい?」
「抜かりはない。実はもう確認をとった」
古典部の部室に来る前におおよその推論を構築していたらしい折木は、事前に糸魚川女史と接触し事実確認を済ませ、手際のいいことにアポイントまでとってあるのだった。

「何か、私に聞きたい事があるそうね」
「はい、その前にもう一度こいつらの前で確認したいんですが」
「糸魚川先生の旧姓は郡山ですね」
「ええ」
「じゃ、これを書いたのは先生ですね?」
「ええ、そうよ。でも驚いたわ、まだこんな物残ってたのね」
図書室で仕事をしていた糸魚川女史に本題を尋ねる前に旧姓を尋ね、問題の文章が載る氷菓を手渡す。
糸魚川女史は自らの制作した文集をしげしげと眺め、昔を懐かしむような表情を浮かべる。

「あなた達、45年前のあの運動の事を知りたいのね」
「ビンゴだ、やはりこの人は知っている」
「でも、どうして今更あんな昔の事を?もう忘れられた事だと思っていたわ」
「ええ、この千反田が妙な事を気にする好奇心の猛獣でなければ俺たちも気づかなかったでしょう」
「好奇心の猛獣?」
「すいません、亡者でした」
氷菓の文章を見せたことで折木が何を知りたいのか、おおよその見当がついた糸魚川女史。
だが、何故今頃になってそんな過去の事を知り、その事について深く知りたいと思ったのかを疑問に思う。

「あなたは、どうしてあの運動に興味を持ったのかしら?」
「関谷純が、私の叔父だからです」
えるの口から関谷純という懐かしい人物の名前を聞き、嬉しそうで居てどこか寂しそうな表情の糸魚川女史に対して、いつも通り疑問に思った事を矢継ぎ早に質問するえる。
そんな数々の疑問と折木の導いた推測を落ち着いて聞く為、糸魚川女史は場所を司書室へと移す事にする。

「なるほどね、それで彼の退学は10月にずれ込んだと考えたわけね」
「はい」
「俺の推測は以上です」

「折木くんの話した事はほとんど事実よ」
「この上、何を私に聞く事があるのかしら?」
「さあ?奉太郎が何だか不十分な所があるっていうんですけど」
「俺が聞きたいのは一つです」
「関谷純は望んで全生徒の盾になったんですか?」
「全生徒の為に、英雄らしく胸を張り、バラ色の高校生活に殉じて学校を去ったんですか?」
昨日の氷菓にまつわる資料から得られた推測を伝える折木。
その推測事態はやはり間違えてはおらず、正しいものであった。
だが、それでは不十分な所。
なぜ関谷は英雄ではないのか?
もしも、資料の通りであれば自らの理想を掲げ、それを成し遂げ、悔いも残していなかったように思われる。
それなのに・・・、である。

「それで、文化祭縮小への反対運動が組織されたんだけど・・・」
「リーダーには誰も立候補しなかった。処罰が怖かったのね、情けない話だけど」
「そこで、貧乏くじを引かされたのが千反田さんの叔父さん。関谷純さんよ」
『このジーサン!!私たちをスケープゴートにするつもりかッ!!』
前回は明かされなかった、なぜ一生徒であった関谷純がリーダとなったのか?いついての経緯が語られる。
それは、これまで考えられていた関谷純のリーダー像とは掛け離れたもの。
関谷純は自ら望んだわけではなく、嫌々押し付けられただけの人物なのであった。
運動の矢面に立ち責任を負う事を嫌った人間たちのスケープゴート。
まさに、関谷純は生け贄に他ならなかった。

「私達学生は何もせずにただそれを見ていた」
「それなのに、関谷さんは最後まで穏やかだったわ」
過激になった運動のせいで起こった火事などの責任を問われる生徒たち。
その責任を一身に負う羽目になってしまったのが、やはりリーダーを押し付けられた関谷純であった。

「関谷さんが自ら進んで学生の盾になったのかって聞いたわね・・・、もう答えは分かったでしょ」
自ら進んでではなく、押し付けられた役目と責任にただ従わざるをえなかっただけの悲劇。
その姿は到底、伝説のように英雄と呼べるようなものではなく、ただ悲惨な役回りを背負わされた哀れな人物でしかなかった。
だが、生徒たちから勝手に役目を押し付けられ、さらには学校側からも責任を押し付けられ、それでもなお不平不満を口にすることもなくただ穏やかにそれを受け入れた関谷純。
そのせいもあったのか、やがて誰かによって勝手に英雄像として作り上げられ、折木たちのように英雄譚であったのだと誤解されてゆく事となったのだ。

「それじゃあ、あの文集の表紙はその時のことを絵にしたんですね」
「犬は学校側。ウサギは生徒。犬を道連れにしたウサギは関谷純」
氷菓の表紙に描かれたウサギと犬。
それはその運動の顛末を風刺したもの。

「英雄を讃えて、関谷祭。その読みを変えて『カンヤ祭』」
「でも、その呼び名は欺瞞だよ」
「関谷純は望んで英雄になったんじゃなかった」
「それを知ってればカンヤ祭なんて呼び名は使わないよね」
「そうなんですか?」
「ええ、その呼び名は古典部では禁句にしたの」
『カンヤ』とはやはり『関谷』、関谷純の功績を称える人間たちが使ういわば隠語のような物として広まったのであった。
だが、真実を知る古典部の人間にとってはあまりにも残酷すぎる言葉であったが故に禁句とされていたのだ。

「先生は、叔父が何故古典部の文集を『氷菓』と名付けたのか先生は御存知ですか?」
「いいえ、その名前は退学を予感した関谷さんが珍しく無理をして決めた名前なのよ」
「自分にはこれくらいしか出来ない、って言ってね」
「でも、ごめんなさいね。意味はよく分からないの」
「分からない?」

「本当にわかってないのか?」
「誰も受け取らなかったというのか?」
「あの、くだらないメッセージを」
だが、最後の謎である氷菓の名前の由来。
関谷純は何故そのような状況に置かれていながら、なお文集の名前を氷菓とする事にこだわったのか?
これまでの真相を聞き、関谷純が何を考えて氷菓と名付けたのかに一人気付いた折木。
そのくだらないオチに、一人苦々しい表情を浮かべる。

「今までのでハッキリしただろ、氷菓ってのはくだらないダジャレだ」
「ダジャレ?」
「関谷純は俺達みたいな古典部の末裔にまで自分の思いが伝わるようにしたんだ」
「文集の名前なんて物に込めてな」
「どういう事です?折木さんは氷菓の意味が分かったと言うんですか?」

「氷菓を英語にしたらどうなる?」
「アイスクリーム・・・、ですか?」
そこに込められた物は、生徒たちの犠牲にされた関谷純が残した声にもならぬ叫びであった。
そして、関谷純は自分が受けた残酷な仕打ちと苦しみを後の人間にも分かるよう、氷菓としたのだ。

「思い、出しました」

「私は、叔父に『氷菓』とは何のことか聞いたんです。その時叔父は私に・・・そうです、強くなれと言ったんです」
「もし、私が弱かったら・・・悲鳴もあげられなくなる日が来るって」
「そうなったら私は、生きたまま・・・」
えるが渋る叔父に無理を言って尋ね、泣きだしたという質問。
それは『赤ちゃんはどこからくるの?』ではなく、『氷菓』とは何か?であった。
関谷純は、過去の忌々しく辛い出来事ゆえに口を開くことを渋ったのだ。


「私は、生きたまま死ぬのが怖くて泣いたんです」
そして、自分の弱さ故に憎悪も涙も表に出さず、悲鳴すらあげずに犠牲となった自分の高校生活を生きたままにして死んだと感じていた関谷。
えるが自分のように弱い人間に育つ事で同様の経験をしないよう、泣いたえるをあやすような事をしなかったのだ。

「良かった、思い出せました。これで、ちゃんと叔父を送れます」
「折木さんのおかげです、ありがとうございます」
すべてを思い出した事で得心がいったえるは、これまでで最も穏やかな笑顔を折木へと向ける。

「前、里志と伊原にも協力を求めたらどうかと言っただろう」
「最初は渋ってたのに、どうして急にその気になったんだ?」

「あの時、折木さんは言いましたよね」
「叔父の謎が解けなくても、いつかは時効になってゆくのかもと」
「確かに、十年後の私は気にしないのかもしれません」
「でも、今感じた私の気持ち。それが将来どうでもよくなってるかもなんて、今は思いたくないんです」
「私が生きてるのは今なんです、だから・・・」
「すみません、まだよく分からないんです」
「いいさ、俺も同じだし」
学校の帰り道。
えるが叔父との一件を伊原たちに明かす事を渋っていたのに、一転して協力を求めることになった前回の冒頭でのやりとりが今更ながら気になったらしい折木。
その理由とは、やはり叔父の事を思い出したいという現在の真剣な気持ちが、えるの中でいつか時効になる事で消えてしまうという可能性に言い知れぬ何かを感じたからであった。
何なのか分からない感情に突き動かされる。
それは、折木も同様。
折木自身が”灰色”だった自身の人生を”バラ色”にしたいと思っているのかすら分からない。
だが、なんとなくだが徐々に自分の人生が今のままで良いのかという疑問を持ち始め、変化を始めている。
結局のところ、折木もえるも原因は分からなくとも自分なりに悔いのないように行動する事が大事なのだ。
そうしなかったからこそ、関谷純は数十年後も、自らの弱さを嘆き怨嗟にも似た叫びと後悔を残し続けたのだ。
今回のえるの行動もそう。
自分がいつか後悔しないよう、精一杯行動したえる。
彼女は関谷純の望んだような強さを持ち、『生きている』高校生活をこれからも送ってゆくのだろう・・・。
物語の結末としてはおおよそ予想した通りであったが、氷菓の名前の由来や関谷純の心情など考えていた以上にダークで、だからこそえるが涙を流したのだと納得できた。
氷菓という題名ともなっている作品が終わりえるの疑問も万事解決したはずだが、次回以降はどう展開してゆくというのか?
高校とはそんなに新たな謎が早々起きていくものなのか?
一体、どんな話しとなるのか?そこが謎だ。
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氷菓 第四話『栄光ある古典部の昔日』感想

「創刊号がないと話しにならんぞ」
「そうですね」
前回、古典部文集『氷菓』のバックナンバーを発見した折木たちだったが、そのバックナンバーには肝心の45年前の創刊号が含まれておらず、えるの叔父に何が起きたのか不明なままであった。

「里志と伊原でも加われば心強いんだがな」
「いえ、それは・・・」
45年前の事を二人だけで調べる事に限界を感じた折木は、不特定多数とは言わないまでもせめて古典部員である里志達にも協力を頼んだ方がよいと提案する。
だが、えるはやはり自身と叔父の秘事を公にする事に抵抗を感じるらしく、容易に首を縦にふろうとはしなかった。

「まぁ、謎が解けなくてもいつかお前の中で時効になってゆくのかもな」
「・・・、時効に?」
だが、えるは折木が発した言葉により自分がこのまま謎を解けずに終わってしまう事。
すなわち、叔父との思い出を忘れたまま、やがて追慕すら出来ぬ事もあたり前の事として受け入れてしまう日がやがて来てしまう事に言い知れぬ哀しみを感じる。

「私、気になります。45年前叔父に何が起きたのか」
「皆さんお願いします」
「千反田さんの叔父さんがねぇ」
「そんな事があったんだ」
えるはこのまま事件が解けずに終わる事をより、過去を里志と伊原に話し協力を頼む事を選択する。
もとより、謎が好きな里志と氷菓探索で関わりをもっていた伊原はこれを快く承諾。

「こうして、古典部の過去を探る事が全古典部員の最優先事項と相成った」
二人が加わったより、これまであまり積極的ではない折木とえるの二人だけでの調査は一気に加速してゆくのだった。

「で、資料は準備できたのか?」
「奉太郎こそどうだい?いいネタはあったかい?」
「あぁ、まあな」
「なら、仮説の方も期待できそうだね」
「ん?」
(しまった、そんな話もあったっけか)
後日、それぞれの調査結果を持ち寄り報告をする場が設けられる。
その開かれる場所こそが、えるの実家である千反田邸。
珍しくもそれなりに頑張って資料を揃え準備をしてきたようだったが、やはりそこは折木。
そこから何らかの仮説を立てる事を忘れて来ていたのだった。


「いらっしゃい、お待ちしてました」
「ああ」
千反田の家についた折木たち。
そこは地元の名家だけありかなりの敷地面積と歴史あふれる佇まいの屋敷であった。

「さて、始めましょうか検討会」
「はーい」
「うん」
「ああ」
「今日は45年前に古典部に起きた事件について考えたいと思います」
「真相に辿りつけたら、今年の古典部文集に載せたいと思います」
古典部の四人が集まり、えるの司会で検討会が開始。
今回の文集についてそれぞれが持ち寄った資料を順に報告し、そこから自身の考える仮説を発表してゆく。

「私が調べたのは『氷菓』そのものです」
「45年前の事に触れていたのは、この序文だけでした」
「そこから読み取れる事実を、二枚目に纏めました」
えるは氷菓の文集に載っていた文章と客観的な事実を整理し、そこから45年前に中学生だった叔父の関谷に何かが起き中退となった事を報告。

「これ、図書室で見つけた『団結と祝砲 1号』っていう本のコピーなの」
「2号以降は見つからなかったわ、発行はちーちゃんと同じ44年前ね」
続いて、伊原が44年前に発行された本のコピーを配る。
そこには当時盛んであった『安全ヘルメット』と『ゲバ棒』を携えたようなとある運動に影響された学生が、1年前の6月に起きた事件で権力主義者と戦った関谷を英雄にまつりあげ賛美するような内容の文章となっていた。
この事から、関谷が教師らとの暴力事件を起こして退学したとも推測する伊原だったがその時期のズレから否定される。


「ん?これは神高月報か」
「そういえば、遠垣内が500号近いと言ってたな」
「その通り。僕が調べたのは、壁新聞部が発行している神高月報のバックナンバー」
発表の合間に小腹が空いた里志の提案により、えるがお握りを手作りする合間に発表を続ける里志。
里志の調べた内容は、学校の校内新聞である『神高月報』の記事。
過去の記事によると全校生徒全体に影響する事件が起こり、それを解決するために生徒が団結し非暴力的方法で事件を収束させたという事だった。
だが、そこからは何が原因でどのような事件が起きたのかも分からず終いである。
そんな不完全な資料だけでは仮説を立てるに至らない事と、自身は『データベースは結論を出せない』という持論から仮説の発表を放棄する里志。

「奉太郎これってもしかして・・・」
「『神山高校50年の歩み』ですか?」
「公的記録に何か載ってないかと思ってな」
(しかし、改めて語るべき内容は何もないな)
最後に順番が回ってきた折木は、自分が調査してきた資料を配りながらその余りにも淡白で関谷純と関連がなさそうな内容に自身も改めて落胆するのだった。
それもそのはず、折木が持ってきた資料は以前に図書室での事件で出てきた『神山高校50年の歩み』という公的な記録。
普通であれば生徒個人の事が書かれる事はなく、45年前の記録にしても見る限り関谷に関連があると思わしき記載は存在しなかった。

「そもそも、コレはやらなければいけない事なのか?」
「奉太郎?」
「折木」
「折木さん」
「もういい・・・、流すか」
つい先刻まで仮説を立てなければいけない事すら忘れ、準備をして来なかった折木。
このままでは何も報告することがなく、何の仮説もない。
だからといって、それを今必死になって考えて発表するというのは本当にしなければならない事なのか?
折木は自身の頑なな省エネ主義と、他の古典部員と同様に何らかの報告をしなければならないというノルマとの板挟みに苦悩する。
だが、自らがえるに協力すると言ってしまった手前、やはり何も報告しないというのも後ろめたかったのかとりあえず口八丁でその場しのぎの報告をする事にするのだった。
まぁ、最後に『データベースは結論を出せない』という台詞をパクれば仮説は免除されますからね。


「あっ」
「どうしたの?」
「忘れていました、椎茸を干していたんです。急いで取り込まないと」
折木が何らかの発表をしようとした矢先。
突然の雨が降り出し、えるは椎茸を天日に干していた事を思い出しそれを取り入れる事になり発表は一時中断となる。

「千反田、すまんちょっとトイレ借りていいか?」
「あぁ、はい。ここを出て真っ直ぐ進んだ所ですので」
椎茸を入れようと必死になる千反田える。
やっべ、文章にするととても卑猥だ(いい意味で)。>えー
発表の時機を逸してしまった折木は、一旦仕切りなおすためかトイレに立つ。

「真っ直ぐ、真っ直ぐ・・・迷った」
だが、千反田邸のあまりの広さに迷い、トイレの方向を見失ってしまう。

「こんなに調べてたのか」
「少しは頭を使ってみるか」
トイレを探している内に偶然えるの部屋を覗いてしまった折木は、そこで机の上に幾つもの資料が散乱した光景を見る。
そこからえるが必死になって叔父の事を調べている事を窺い知り、今回の件についての思い入れを痛感。
そんなえるの苦悩する姿を前にして、折木自身も悠長に身構えている訳にも行かなくなるのだった。

「45年前に関谷 純に起こった出来事」
「4つの資料」
「それらを結ぶものは・・・」
それぞれが集めてきたものの、決定的な事が何も分からず、食い違う部分もある不完全な資料たち。

「すまんが仮説は用意して来なかった。」
「オレの番は終わりにして、まとめにはいらないか?」
「奉太郎、何か思いついたね」
「まぁな、ひと通りの説明はつくだろう」
「何か分かったんですね、折木さん」
果たして、資料から事件のあらましを導き出すことに成功した折木は、自身の資料やそこから導かれるであろう不完全な仮説よりも全体の総括に入る事を提案する。
つまり、結論が分かったのだから余計な事はせず、最短距離で手短に済ませようという折木らしい省エネ主義の提案なのであった。

「そして、事件の原因は・・・」
「文化祭だ」
「事件の原因が文化祭だとどこかに書いてありましたっけ?」
45年前に学校で起きた事件。
それは文化祭の開催に関する学校側と生徒との対立。
その運動を平和的に解決したという指導者こそが関谷純なのであった。
そして、関谷はその文化祭が終わった頃にどうやら責任をとらされ学校を中退し事実上の追放となったのだ。
その文化祭の件から、関谷は英雄視され奉り上げられたようだった。
この事から、またひとつ以前のキーワード『カンヤ祭』(=文化祭)が、何故そう呼ばれるようになったのかという事に繋がるのだと個人的に推理する。
おそらくは『カンヤ』とは『関谷』を言い換えたもので、英雄の功績を讃えているのだろう。

「45年前、叔父にそんな事が・・・」
「さすがです折木さん」
折木の推理により、叔父の関わった45年前の一件の概要が判明しそれに納得したえる。
その表情は何故かいつものように晴れ晴れとしたものではなく、どこか陰りを見て取れた。
だが、えるは今日の検討会は目的を達成できたという事でお開きとした。

「本当にありがとうございました」
「オレだけでやった事じゃないさ」
「いいえ、折木さんのおかげです」
『大事なことなので二回言いました!!』
帰り際、折木に対し感謝の言葉をかけるえる。
折木はそんな言葉に対し、照れもあったのか里志らの協力があり、集まった資料があったから推理できたのだと謙遜する。
だが、えるはそんな折木に対してもう一度今回の謎が解けたことは折木のおかげだと言う。
確かに、今日だけに限って言えば折木だけではないのかもしれない。
だが、ここに至るまでの道のりは折木が居たからこそ進んでこれた。
最初に相談した時、省エネ主義の折木が本来なら協力する事などなかった。
だが予想に反し、折木は悲痛な表情のえるにほだされ協力する事を引き受け、氷菓の発見に協力。
里志らの協力も、えるだけならば踏み切れずに今もたった一人で探し続けていただろう。
えるはその事を含めて、本当に感謝しているのだ。

「でも、だったら・・・どうして私は泣いたのでしょうか?」
折木の出した結論を聞いて叔父の関谷純に何が起きたのかを客観的に知る事が出来た。
しかし、それでは何故えるが泣いたのかという事は解明されてはいない。
恐らくは、45年前の文化祭の事件は今回集められた客観的な資料からだけでは伺い知れない当事者だけが抱える何かがあったという事なのだろう。
そして、それこそがえるが泣いた原因につながっているのだろう。
何故、ただの生徒であった関谷が文化祭の存続に立ち上がり全校生徒となったのか?
本当に、文化祭の事だけが原因で関谷純が学校を去ったのか?
恐らくは、関谷純には何らかの個人的理由がありその為に文化祭を守った。
だからこそ、英雄と言われるような行為ではなく、もっと人間的な行為だったという事が氷菓の序文にある『あれは英雄譚などではなかった』という言葉に隠されているのではないかと考えられる。
そして、何故『氷菓』はそう命名されたのか?
第1号は何故残されていないのか?
次回も、この残された恐らくは最後の謎をどう解き明かすのか待ち遠しく感じる。
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